駿河台大学名誉教授・弁護士 島 伸一
リベラル派の女性連邦最高裁裁判官(判事は俗称)である,ルース・ギンズバーグ氏が2020年9月18日に87才で亡くなられました。事件の核心に迫り,国民の立場から正義を貫く裁判官でした。同裁判官には定年がなく,5対4と劣勢のリベラル派として,影響力の大きい存在であっただけに残念です。
この機に乗じて,すぐに動いたのがトランプ大統領でした。これから約1か月半後に大統領選挙が控え,任期も残り少ないので,本来の政治倫理や慣例からすれば,選挙後にそこで選ばれた大統領が新裁判官を指名すべきで,また新たに選ばれた議員で構成される上院の承認を受けるべきです。
しかし,常に自己の利益と再選を目指してきたトランプ大統領には政治倫理などはまったく通用しません。ギンズバーグ氏の逝去が伝わるとすぐ,次週にもその候補者を指名するとしています。大統領が候補者を指名しても,通例では上院の承認を経て正式に任命されるまで2,3か月はかかります。もっとも,迅速に事を進め,何らの妨害もなくスムーズにいけば,法律・制度上大統領選挙前までに上院が承認することも必ずしも不可能ではありません。
しかし,民主党やリベラルな多くの国民が反対し,妨害することが十分予想されるので,こうした反対を乗り切り,保守派の親トランプ候補者をいかに早く任命できるかに,再選の命運が大きくかかっています。現在上院が過半数を占めていることと,共和党の院内総務が,優柔不断なマコーネル氏(2016年の故スカーリア裁判官の後任人事の時は,現在とは反対に新大統領が任命すべきだと主張した)だということを考えれば,遅くとも11月一杯ぐらいまでに新最高裁裁判官を任命できるかもしれません(ただし,上院の共和党員から4名以上の造反が出たらむずかしい)。
保守派の親トランプの裁判官が任命された場合,次のような最悪のシナリオが一つ考えられます。トランプ大統領が選挙で負けた場合,郵便投票の不正など選挙の方法や結果について,大統領側はその効力を否認する訴訟を提起するはずです。そして連邦最高裁の判断が下るまで敗北宣言をせず,そのまま大統領としてホワイトハウスに居座り続け,連邦最高裁が有利な判断をするのを待つ。
その結果,アメリカはさらに深刻な分断が進み,南北戦争以来の大混乱が起こるかもしれません。このようなアメリカ民主主義の危機を避けるため,ギンズバーグ氏は「新大統領が決まるまで後任を決めないでほしい」と遺言したそうですが,トランプ大統領にとっては「馬の耳に念仏」です。ギンズバーグ氏の逝去は,大統領選挙にコロナ対策・人種差別・警察改革に,連邦最高裁裁判官任命の適否と堕胎の是非など,新たな争点を加えることになりました。
なお,2020年9月19日の時点で,すでにその候補者は女性であり,来週には明らかにするとしています。 以上。